人材育成
audience: 未踏関係者、教育・人材育成に関心のある人、一般 / purpose: 『育ててもらった側から育てる側へ』という20年の移行の物語を示し、未踏で受けた支援を次世代へ送る恩送りの実践を伝える / author: nishio
2001年、未踏ソフトウェア創造事業の採択プロジェクトに開発メンバーとして加わり未踏の世界に触れた。翌2002年の未踏ユースでは自らのプロジェクト「4次元グラフによるゲノムの可視化」が採択され、資金とメンタリングを受けて没頭でき、2003年スーパークリエータに認定された。この経験が出発点。その後の20年は、育ててもらった側から育てる側へという移行の物語で、現在は未踏ジュニアのコファウンダー・メンターを務めている。若い人が独創的なプロジェクトに挑戦できる環境を作ることは、知的生産性の向上(手段)と文明の進歩(目的)という関心軸の、いちばん時定数の長い実践。
育てられた側 (2001–2003)
▸ 物語の入り口。未踏ソフトウェア事業の採択プロジェクトに開発メンバーとして加わり、未踏の世界に触れた(採択者は別。自ら採択されるのは翌年の未踏ユース)。
2003-07 IPA未踏ユース事業でスーパークリエータに認定kind: decision / verifiability: external / entities: IPA未踏ユース
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▸ 未踏ユース(2002)で自らのプロジェクトが採択され、資金とメンタリングを受けてスーパークリエータに認定。ここが『育てられた側』の核。この支援を次世代へ送る恩送りが、以後20年の通奏低音になる。
教える側への移行:後輩指導から『学び方』へ (2003–2014)
▸ 教える側への最初の一歩。大学院で後輩にプログラミングを教え、研究室が『比較ゲノム学』だったのにちなみ『比較プログラミング言語学』の教材を作った——のちの『コーディングを支える技術』の源流。
▸ 文科省のIT人材養成プログラムでチューター。教える実践を制度の中でも重ねた。
▸ 若手クリエータ向けキャンプの講師を3年。役割は講師からWG委員、クラス長へと深まった。
▸ 『学び方』そのものを教える段階へ。京大サマーデザインスクールでチームワークと学び方のワークショップを開催。
▸ 母校・灘高で後輩たちに講演。キャリアの多様性と学び方を語った。
▸ 大学院での『比較プログラミング言語学』の後輩指導を背景に、WEB+DB PRESS Vol.60の単発特集を経て一冊の本に結実した——教える実践の果実。
2014 「エンジニアの学び方」を執筆(WEB+DB PRESS Vol.80 特別企画)kind: publication / verifiability: external / entities: 技術評論社
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▸ 教える実践は『学び方』を研究対象にすることと表裏一体だった。この『学び方』コラムが好評で連載になり、それが『エンジニアの知的生産術』(2018)の書籍企画につながった。
▸ 特集の続編を連載に。『続・エンジニアの学び方』(毎週火曜)で学び方の実践を掘り下げ、のちの書籍につながった。
育てる側:制度と次世代 (2015–現在)
▸ 大学でも非常勤講師として教える。
▸ 『学び方』の実践を連載へ。gihyo.jpの「視点を変えてみよう」全6回が、のちの『エンジニアの知的生産術』の土台になった。
▸ 支援する側の制度そのものを担う。一般社団法人未踏の理事を10年務めた。
▸ 自分が受けた支援を次世代へ渡す仕組みを作る側へ。未踏ジュニアをコファウンダーとして設立。
▸ 『育ててもらった側から育てる側へ』の現在地。設立から毎年メンターとして小中高生クリエータを支援し続けている。
▸ 企業の学習サービスにも関与。PyQの機械学習カリキュラムづくりに協力した。
▸ 『学び方』を教え書き続けた20年の集大成。教える実践と知的生産の研究が一冊に合流した。
▸ 対象年齢を下げ、小学生にもプログラミングの仕組みを伝える本を共著。
▸ 大学の教育職としても6年。教える実践は制度・世代を横断して続いている。